粗食人生からの変節

なんだか西荻りんご祭後は、すっかり病人生活を送っていますが、血液検査の結果が出るのでというので、先週の日曜日に病院へ行ってまいりました。

「みんさん、原因がわかりましたよ」と、なにやら得意げな感じがしないでもない担当医氏。

「はあ。(そうか...みなまで言わずとも良いよ)」と鈍い反応のみん。

そうです。判っているんです。私、糖尿ですから。隠してませんよ、ちゃんと初診時の問診表にも丸つけてあるでしょう?

私の説明を聞いた担当医氏は「あっ、ホントだ」と言っておりました。糖尿・高血脂症・高血圧の欄、みんなに当てはまると思ったから、大項目のところに丸をつけて見落とされていたのだ。

まあそんな訳で、今回の帯状疱疹も、糖尿による免疫力低下が原因のひとつとされ、新たに糖尿用の薬の処方を受けることになりました。これから当分、今度は糖尿治療で通院することが決定。

まあ30代を通じて(今も)、ずいぶん飲食ライフをエンジョイしたから、40代の頭の頃には、おや、糖尿ですか?って感じになりつつあったのだ。投薬からは10年逃げ回っていたけれどしようがない。まあ、良いきっかけです。


ところで、私はプロフィール欄にも「飲み食いを楽しまずしてなんの人生か!と考えるタイプ」とか、今でこそ書いてますけど、昔は全然ちがったんだよなあ。自分でも忘れかけてるくらい(笑)。

学生の頃は、「人生で食べられる食事の回数は限られているのだから、なるだけ美味しいものを食べたい」という友人に、バカじゃねえの?とか言ってた。

今の私が、そのバカです(笑)。

食事なんて、そこそこ旨いモノがお腹いっぱい食べられれば十分、だと思っていた。なにしろコドモの頃から貧乏生活が続いていたので、それがフツーだった。昭和40年代の母子家庭って、そりゃシビアですよ。

(おまけに、一家全員交通事故入院したり、火事で焼け出されたりした。プロフィール欄にも書いて歩けど)

ただ、私も妹も、ウチは母子家庭でビンボーという認識はあったけど、特にそれを後ろ暗く思うようなこともなく、屈託なく育って来たなあ。イイ子だ(笑)。たぶん、日本全体がまだ貧乏くさかったから、ということもあったかも。まあそれは別の話。


まあそんな感じで、長いこと、逆に粗食を楽しむぐらいな感じでやってきたつもりだったんだけど、それがどこで変節したのか。

まともに仕事を始めた、1989年あたりが境目か?とりあえず、それまでから収入激増したし。

バブルだけあって、当時は仕事がめちゃくちゃ忙しかったけど、どうもストレス解消が食事方面に向き始めたのがきっかけかしら。環境的にも、急においしそうな物に囲まれ始めたというのもあったかなあ。なにしろ、バブルの頃に赤坂・青山・六本木で仕事してたのだ。

それに、食事の仕方が変わったのもこの頃。それまでは、当たり前に腹を満たすために食事してたけど、まずお酒、それから食事という習慣になった。これは友人宅でそのカルチャーに接して、そうか!と悟って。酒飲みコースまっしぐら。


育ち方のせいか、もともと私は体がとても丈夫で、それが自慢でもあったのだけど、30代半ばぐらいから、生活習慣病的な兆候がちらほら出てきたのだ。それが今ではこんなことに。まさか、こんな方面から体が壊れ始めるとは想像してなかった(笑)。

でも、別に好き勝手に飲み食いしてたこと自体は、そんなに後悔してないんだよねえ。楽しんできたし、まあしょうがないかぐらいな感じ。そしてこれからも、あまり手加減する予定もないです。まあ、体の機嫌を伺いつつ、適当に楽しみながらやってゆくです。