おいしい野菜ジュース

元々、70年代やそれ以前の野菜ジュースって、ほとんどトマトミックスで塩分を使用していました。デルモンテとかV8みたいなのが主流。子供の頃の私は、そんな野菜ジュースを、冷野菜スープ感覚で好きになったように思うのです。

ところが21世紀になったぐらいから、果汁ベースのものが増えてきて、塩分もカットされたものが主流になってしました。私が好きな野菜ジュースは①トマトベースで、②塩分使用したものなので、最近では入手が難しくなってきました。

野菜ジュースにおけるこの傾向の原因って、そもそも「人は健康のために野菜ジュースを摂取する」という前提のためではないかしら。つまり、健康食品あつかい。健康食品だから、味より成分。

健康を気にする人のために、よりヘルシーに塩も無添加にしてみましたという発想が透けて見える。よしんばそれが本当だとして、私のように健康関係なく美味しいから飲んでる人間にとっては、結果的に好きな物が手に入らなくなっている状況となっていて、ホントに余計なお世話って感じなんですが。

とりあえず、最近西友のネットスーパーを使い始めたので、そこで低塩の「トマトジュース」を入手していますが、やっぱり野菜ジュースがいいなあ。低塩トマトジュースと無塩野菜ジュース*1のどちらがより好みに近いかゆるゆる観察中です。

*1:トマトベースでなければ、カゴメの低塩野菜ジュースもある

It's getting better

最近、また新規エントリ投稿できるようになったので、昔の作文とか読み返したりしてますが、こんなのがありました。2011年ですねー。

怒ってます。けっこう激おこですね。

ビジネスの現場では、顧客のニーズを掴め、的なことが言われていると思いますが、本邦では割と口ばっかりになり勝ち、もしくは、本気で分っていないのかも、という具合に捉えてます。特にこの手のデジタル関連のサービスが広まったこの30年ぐらい、売り手の理屈ばかり優先した施策が多かった。そんな不利益をサービス利用者として飲み込まされそうになるたび、馬鹿みたいに怒ってた。

その後の現実は少しはマシな方に進んだことを知っているから、多少は落ち着いて読めるけれど、他の事でも同じような馬鹿施策はなくなってはいないので、当時の怒りはまだ消えていませんが。

私を死なせて!

学生の頃、イタリア語の授業はサボりまくっていたけれど*1、イタリア語の曲を沢山歌ったので、なんとなくフレーズを覚えてしまったような語彙があり。

特に「死なせて」「死にたい」みたいのが妙に頭に残っていて、その代表的なのが、モンテヴェルディの Lasciatemi Morire! 長さ1分半ぐらいの小品だけど良い曲です。
youtu.be

字幕付きの映像を選んでみましたが、これがこの曲の現代でのオーソドックスなスタイルです。
モンテヴェルディだからバロック初期ぐらいの作品だけど、いまイタリア古典歌曲として広まっている楽譜はロマン派の時代にピアノ伴奏がつけられたものなので、たぶんオリジナルよりはモダンな響きになっていると思われます。
とにかくこれが、いま一般的に広まっている歌と伴奏です。


ところが先日この曲名でYouTubeを検索したら、最初に出てきたのが、合唱(マドリガーレ)によるバージョンで、これが素晴らしくてたまげましたよ。
www.youtube.com

一部メロディが違うけれど、そしてサビ?*2がピカルディ終止になっているけれど、こんなマドリガーレのバージョンがあったとは知らなかった。
元はオペラ曲なのをマドリガーレに転用したのか、その逆なのか、済みません、不勉強な学生だったので全然分っていないのですが、とりかく、これは良いものを知った!*3


という内容で終了の予定でしたが、冒頭の、「曲紹介になるようなオーソドックスなやつ」を再度YouTubeで検索してたら、オーソドックス版に少しアレンジを加えた弾き語りバージョンを見つけてしまいました。これがカッコイイ!
www.youtube.com

考えてみれば、声楽の先生というのはピアノの錬度は人それぞれでも、授業やレッスンの時などに、みんなこうやって弾き語りしていた。それを間近で散々見てきたのに、どうして自分でもやらなかったのか。ポップミュージックのコード弾きに比べたらピアノが難しかったからか。でもピアノソナタ弾くより格段にハードル低そうだが。ホントに意識低い学生だったんだなあ。

*1:イタリア語の授業サボりまくり:今考えるともったいないの極みで、40数年前に戻って根性叩きなおしてやりたい。もっとイタリア語スキルが高ければなあ…

*2:サビ?:英語風にコーラスと呼ぶべきなのか?でも他の部分はヴァースと言うには違う感じだし、こういう曲構成について万国共通の呼び方ってないかな

*3:これは良いものを知った!:というか、実はCD持ってるんじゃないの?と調べたら、モンテヴェルディのCDは何枚もあるのに、1枚もリッピングされてなかった!1枚も!何事か!

入れた!

いや、忘れていた訳ではないのだけど、しばらく放置しているあいだに、アクセス情報等すっかり抜け落ちてしまい、自分のサイトなのに編集不能になってました!!!

つぶやくにはちょっと長めの作文してみようかと久しぶりにアクセスしたら、今日は入れた!
ので、今度はログイン情報等々しっかり記録しておきました。これでまた使えるようになったよ。

はてなダイアリーがブログに引越したときに、アカウントが変わっていたのを忘れて入れなかったみたい。

ダイアリー時代のCSS設定とかは移行時に吹っ飛んだままだけど、めんどいからデザインはこのままでもいいかなあ?

まあ、しばらく練習モードでいろいろ試してから考えましょう。

はてなダイアリー移行

ぼやぼやしてたら、はてなダイアリーの更新が止まってましたよ。
とりあえず、はてなブログのサイト開いてインポートだけしてみたけれど、デザインもまっさらだしヘンな感じ。

帰ってきたRockbox 完結編

「前回の帰ってきたRockbox!」

240GB HDDに改造しRockboxを実装したiPodを使用していたみんであったが、Rockboxは仕様上の問題から長い間iPod SSD対応の壁を越えられず、しかも最近愛用Rockboxが不具合に陥り進退窮まり、改造iPodの命運もこれまでかと自棄になりiPhoneで音楽を聴くように。ところが実際にはほぼ1年ほど前からRockboxiPodでの480GB SSDへの対応が可能になっていた事がわかり、あわてて実装にとりかかるのであった。

480GBのSSDが届くまでに出来ることはやっておこうと、大容量ディクス対応のパッチプログラムとそれに対応したRockboxを入手して、OSの壊れていたRockboxが復活したのは先週のこと。
・大容量ディスク対応パッチ済みのRockboxここからダウンロード(build 96751M-140228)
・参考までに、この情報のあったRockboxの公式フォーラムはこちら

バッチリ作動するようになったのを確認して、あとは480GB SSDが届くのを楽しみに待ってたら、やってきましたよはるばる米国から。

これが今回のブツ。左から交換用バッテリー(850mAh)、iPod 5G Video、480GB SSD(接続アダプターに装着済み)。バッテリーは容量アップするつもりだったのだけど、すでに850mAhのバッテリーが装着済みでした。が、もはや交換から5年経っているので予定通り交換。

さっそくiPodをバラシて、各交換パーツを装着してみました。外した240GB HDDに比べてSSDはmSATA/PCI-E SSD→ZIF/CE 変換アダプターをつけてもかなり小さい。

ためしに一度ケースを閉めてみましたが、案の定なかでカラカラと動くので回りをスポンジで埋めてみたらイイ感じに固定されたので即採用。

さて、Rockboxに限らず、iPodでディスクを交換したら必ずiPodの復元を要求されます。PCに接続してiTunesからiPodの復元を実行すると、またiPodとして普通通りに使えるようになる訳です。

私の場合はRockbox実装してるので、さらにここからRockboxをインストールする必要がある訳ですが、今回はディスクを交換してるので、ブートローダーのインストールも必要でした。そこで念のためインストールツールのサイトから最新ビルドのブートローダーとRockboxをインストール。

そのままだと大容量ディスクが認識されない(はず。今回は試してない)なので、すでに先週インストールして動作確認した、大容量ディスク対応パッチ適用済みRockboxのバックアップファイルをiPodにコピーして、Rockboxファイルを上書き。最新ビルドから少しバージョン戻っちゃったけど、問題なく動きました。

ここまで、ビックリするぐらいにスムーズに進んで、昔、時間かけてソース編集やら再コンパイルとかやってたのがもうウソのような快適さ。いい時代になったもんです。

そして手持ちのiPodはめでたく480GBへとディクス拡張致しました。容量が大きくなっただけでなくSSDになったことで静かにそして確実に早くなったのであります。

そして、取り外したHDDより入替えたSSDが小さく軽かったため、iPoid本体がとっても軽くなりました。いやこれは期待してなかったー。まさに望外の喜び。

実はすでに1TB SSDでも動作確認が出来てるらしいのだけど、いかんせんバッテリー消費があまりに激しいのだそうで。まあ今のところ480GBで問題なく使えると思うので、しばらくこれで満足できると思うです。

興味が向くところ

WEBコミックでとても面白いと思っていたワンパンマンという作品について触れたことがあるのだけれど、なんとアニメ化するという情報を今日みかけて、ちょっとコーフンしてます(笑)。

この作品はその後商業誌から声がかかって、作画を別の方が担当するというスタイルで連載になったと聞いていました。確かに原作者が直接作画していたWEB時代の頃は、ちょっとヘタウマ的にラフな絵だったしなー。商業誌に移行して、WEB版はもう削除されちゃいました*1ラフとは言えイイ味出してたのでDLしとけば良かったよ。

作画の表現力の高さやそれが持つ訴求力が重要でないとは思わないけれど、個人的には絵のラフさでこの作品の面白さが損なわれているとは感じなかったし、逆に良い意味で作品を個性的にもしていたと思ってたんだけど、プロの編集者は商業誌に連載するならちゃんとした作画にするべきだと判断したということです。

全然違う話ですが、中学高校の頃は映画を作りたかったんだよなあ、と最近思い出して自分でも少々驚いているところです。だって映画少年だった訳じゃないし、今でも映像作品を見て表現についての細かいところってあまり気になっていないのに、なぜあの頃そんなに映画を作りたかったのか。うーん、マンガは描いていたけれど、それも関係あったかしら?

よくよく考えてみると、物語を映像化するという部分でのプリミティブな興味があったようなおぼろげな記憶はあるけれど、具体的には、もっと後年になってから映像の編集に興味があったよなあと思い当たりました。映画少年みたいな絵的なこだわりとかドラマツルギーよりも、撮った素材をどう見せるか、見せ方でどう変わるか的な。いやまあどこに興味がとは言っても1か10かで割り切れる訳もなく、結局は全部関係することなんですけど、近視眼的な意味でタイプ分けすればという意味で。

一口に○○が好きとか言っても、目が向いているところは人それぞれで結構違うものです。同じものが好きだからと言って、他人も自分と同じように感じてるんだろうなんて思って痛い目に会った事があまりない、というのはかなりラッキーな人生です(笑)。

最初のワンパンマンに戻ると、たぶん私は作品のコンセプトと、それを具体的にストーリーとして見せてくれる事が最大の興味だったのではないでしょうか(それはそういうタイプの作品だと思っていたからという事でもある)。個人的にはそこでの絵の表現力ってコンテ程度で充分だった。しかし当たり前だけどプロの編集者はもっと総合的かつプロの尺度で、一般的なマーケットでどうすれば売れるか判断している訳で、明らかにそれは正しかったのだと言えます。

音楽なんかも、もう何十年もやっているのに話すのは難しいなあと思っているのは、若い頃からそういう違いがかなり気になるから。一口で言ってしまうと、私は上述のように編集主義的であり精度よりアイディア重視になりがちなタイプと言えば言える。繰り返しになりますが、そんなにきっぱり割り切れるものではないけれど、まあ概ねイジメられる事が多いです(笑)。

*1:WEB版はもう削除されちゃいました:これは誤りで、昔のWEB版オリジナルは、なんと今でも読めました