ワイルドな暮らし、ワイルドなサウンド

おそらく世界中で500万人ぐらいの人たちは、サー・ポール・マッカートニーが天才的なメロディー・メイカーであるということに同意なのではないかと想像するのですが、私もおそらくそのうちの一人です。

しかし、もしその中にマジョリティー的な感覚があるとすれば、自分は少しハズレてるかもしれません。私の説では、ポールさんの創造性が一番炸裂していたのは、1968年から1973年までの5、6年であるという事になっているからです。HEY JUDEあたりから、RED ROSE SPEEDWAYぐらいまでの時期。

完成度はそれぞれですが、この時期の作品は、昔はくだらないと思っていた曲でも、今では一様にものすごいパワーがあると感じるのです。もうとめどもなく音楽が湧き出して来ているような。どんなたわいない部分でも、そこには小ざかしいアイディアなど不要なほどパワフルな素材がゴロゴロしていると。

もちろん、その後のポールさんも良い音楽を作り続けていますが、この頃の才能一発のようなワケのわからない迫力は影を薄めて、むしろ職人的な上手さによって作品が成立しているモノが多いと感じています。特に80年代以降は。

Wings Wild Lifeさて、そんな時期の作品群の中、ポールファンでさえ多くが首をかしげるようなアルバム、WILD LIFEがかなりお気に入りです。多分、ビートルズ以後、30枚ある(だそうです)ポールさんのアルバムのうち、不人気投票をすれば、まず3位以内に食い込むことは必至と思われる問題作。

いや、私だって70年代には、なんでこんなレコードを作ったんだろう?と思ってましたよ。ポールさんともあろう者がこんなクズをつくっちゃってもう、と。今ではかなりのお気に入りですが、以前から大きな問題点が2つあると思っていました。

1. 一曲がくり返しを多用して時間を延ばしている(特にA面)
2. サウンド・プロダクションが雑

1.は初めて聞いた頃、かなりくどいくり返しが作品の印象をそこなっていると思いました。まるでリハーサルみたいです。バンド内に素人(妻・リンダ)が居たので、レパートリーを急に増やす事が難しかった事が原因としてあるかもしれません。繰り返しを多用すれば、少ない手持ちでレコードやライブでの一定の時間を消化できますから。

2.の方は、この作品がバンドとしての仕上がりを意識したという事もありそうですすが、それだけでは説明できないような気がします。うがった見方をすれば、1と関連してリンダの拙さを浮かせないために、全体の仕上がりをわざと雑にしたのかもしれませんね!?それとも急いで作品をリリースしたかったのか?

どちらも、この頃のポールさんがやりたかった事を性急に実現させようとしたために起こってしまった事ではないかと思います。別に素人とバンドをやりたかった訳では無かったろうけど、どうしてもリンダをメンバーにしたかったために結果的にはそうなってしまったし、ライブから離れて久しいので、早くバンドでやりたくてウズウズしていたとか。

レコーディングのやり方も、バンドでせーので一緒にやるやり方とは随分長い間離れていたようだし(GET BACKのセッション以来?)。事実、この後WINGSはバンで各地をまわって抜き打ちライブを始めるのですが、よっぽどバンドというスタイルに飢えていたのでしょう。ポールさん直々の「適当に!」というシャウトで幕を開けるくらい、まあとにかくラフなアルバムです*1

でも、作品の価値というものは時代とともに変わってゆくもので、そんな「問題点」をかかえた「WILD LIFE」も、21世紀となった今となっては逆にラフさがカッコイイ作品になっていると思います。

昔は、曲が良いのでせめて「RED ROSE SPEEDWAY」くらい手をかけてくれればもっと受け入れられたのではなかろうかとも思いましたが、今ではその粗削りな部分も魅力になっているのだから不思議なもんです。

よく聴けば原始版ビートルズのような「MUMBO」やファンキーな「BIP BOP」、クールなレゲエ「LOVE IS STRANGE」さらには隠れた名曲ともいえる「SOME PEOPLE NEVER KNOW」や「TOMORROW」など、けっこうイケると思うのだけど。しかしこう書いていて気がついたけど、昔のABBEY ROAD帯に書いてあったコピー、「A面の野性味、B面の叙情性」って、そのまんまこのアルバムにも使えるのでは?!

*1:ホントは"Take it, Tony!"(レコーディング・エンジニアのトニーさんに、録音してくれ!と指示している、らしい)