Nodame Cantabile

クラシック音楽を扱ったマンガ「のだめカンタービレ」が人気です。先日の芸術劇場(ETV)でも取り上げられていましたね。かなりレベルは違えども、一応音楽学生だったみんとしては、雰囲気が分かるなあと思うこともたびたびあります*1

マンガで音楽を扱うのは、そもそも音なしで音楽を表現せざるを得ず、そのせいか凝りすぎて妙にリアリティがなかったりしがちで、なかなか難しいことだと思うのですが、その点「のだめ」はかなりうまくいっているように感じます。そもそも演奏シーンを読むのが楽しいからなあ。実際にこの曲を聴いてみたい、これをきっかけにクラシックを聴いてみたいと思わせる力は意外と強いんじゃないでしょうかね。あと、コメディだからという事もあるのでしょうが、今までこの手の作品にありがちだった、妙な権威付けがないあたりも個人的には好感を持てます。

さらにちょっと新しいと思ったのは、クラシックになじみがない人たちに、指揮者という役割をうまく紹介しているんじゃないかと思えるところです。ここは結構キモかなと。結果的にはいままでの音楽マンガでは、演奏という個人パフォーマンスを取り上げることがほとんどではなかったかと*2。しかしここでは何十人もからなるオーケストラという手段を使って、どのように音楽を作り上げてゆくのかという工程を垣間見ることができます。少なくとも、どこに指揮者の仕事の力点があるのかという点をうまく描き出していると思います。このような視点は、これからクラシックを聴いてみようという人には、聴き方のヒントになるんじゃないかしら。

ところでこんなところで自分の短所を晒すのもナンですが、自分の音楽者として決定的にダメだと思うところがあって、それは耳が悪い*3ということなんですね。その意味で、千秋真一の耳の良さはどうよと。他のスキルもさることながら、彼の耳の良さはまさに驚異的で、またサウンドをまとめるのに、いかに良い耳を持つことが重要かという事を痛感させられます。こんな能力はマンガだからできるんだろうと思う人もあるでしょうが、彼のような耳が良い人というのは現実にもけっこう居るんだから大変です。

さて、そんな「のだめカンタービレ」ですが、すでに単行本が出ている分は人の本ですべて読んでしまったので、自分では英語版を入手しました。NYCにあるDEL REY(http://www.randomhouse.com/delrey/)から現在2巻まで出ています。DEL REYには日本マンガのセクションがあり、他にもたくさんの作品が英訳されて発売されてます。英語版といっても内容は知っているし、絵付きだし文章も長くないし、Harry Potterと比べたらかなり気軽に読めます(笑)。あ、絵は左右逆転じゃありません。日本と同じように右から左へ読むようになってます。

それで面白いのは、巻頭に日本語の敬称に関する一文があり、日本社会のなかで礼儀正しい会話は重要であり、また相互の関係性を表すものであると説明し、しかし多くの英訳はこの点を考慮しないために日本語の自然な感覚をゆがめていると主張しております。よってそれらの敬称をDEL REY MANGAではあえてそのまま使うとし、さん、様、殿、君、ちゃん、坊主、先輩、後輩、先生、呼び捨て、についての説明を記しています。

たしかにそうだよなあ、と思うわけですが、大した尽力であると頭が下がる思いです。ちょっとしたことかもしれないけれど、こんな点から日本の文化への理解が広がってゆくのだなあと感じ入りました。しかし坊主っていうのはちょっと突飛な感じがして、妙に味わい深い*4(笑)。それに加えて、巻末には訳注があって、日本の生活におけるいろいろな習慣や物事、それから音楽的な事項から日本語のダジャレなどの説明までがあって、至れり尽くせりです。

しかし、しかしです、こんな努力がある一方で、誤訳、というか間違いが散見されるのが実に惜しい。それはこんな感じ。

      • ハリセン(ハリセンチョップの)が魚のハリセンボンと間違えられている。
      • 「甲子園」は、のだめが好きなアマチュア野球チーム、との訳注が...
      • すべての「曲」という言葉が"song"と訳されている。交響曲はソングとは呼ばないと思うぞ。
      • モー娘。はMou Musumeではないと思う。それならMou Musuだろう。
      • 合コンはAikonではないと思う。確かにAikonとも読めるけどさ。
      • これは製本上のトラブルだけど、2巻のNabeについての訳注が1巻のDepartment store in Japanのモノになっている。

今日ざっと読み返して発見したポイントです。じっくり読んだらもうちょっとあるかも。あと「打ち込み系」というのが分からなかったのか、会話の流れに合わせてまったく違う訳を充てているところもありました。

次の版で修正できるようにと、こんな様なことを発売元のDEL REYにメールでもして教えてあげようかと思ったのですが、なんとこの会社にはメールの窓口アドレスが用意されておらず、ご意見ご感想はこちらまで、と住所が書いてあるばかりです。いちいち切手を貼って手紙を送るのも億劫なのでそのままになってます。まあいいか。どうせ他にも親切な人がたくさん居るだろうし、なにより講談社あたりからチェックが入ってるだろうし。

それにしてものだめカンタービレ」って素晴らしいタイトルだなあ。日本語ではちゃんと音楽用語(というかイタリア語)として「カンタービレ=歌うように」という意味が分かるようになっていますが、そのシーンは英語では単にCantabileとだけ書かれています。アメリカ(とくにNYCなど?)ではイタリア系移民も多く、生活にイタリア語が浸透してるイメージがありますが、実際はどうなのかな?

*1:専攻は声楽、のちに作曲専攻に転向。ホントは最初から作曲か楽理を選択したかったのだけれど、当時はあまりピアノが弾けなかったために、声楽専攻にしろと願書提出時に「事務局で」言われた(笑)。それまでクラシックは合唱しか経験していなかったので、適当だったと言えなくもない。

*2:たぶん、それが題材としても表現としても分かりやすく、描きやすいんでしょうね。ま、そんなにたくさん読んでるわけじゃないですけど

*3:もちろん聴力が低い、というような意味ではありませんよ。しかしこの意味でも、先年メニエール病にやられて以来、信用なりませんが

*4:ちなみに、「これは少年に対するくだけた呼び方。英語の「kid」や「squirt」と似ている」(みん訳)という説明がされています